Oculus Venuesサービス開始から3年が経過
Facebook傘下のOculus VRが2018年5月30日に、「Oculus Venues」のサービスを開始した。コンサートやスポーツ、コメディ番組などのコンテンツを仮想現実(VR)空間でライブストリーミングするサービスで、他のユーザーと一緒にコンテンツを体験することを可能にした。同サービス最初のイベントは翌5月31日に開催された、シンガーソングライター・Vance Joyのライブコンサートで、今日までにコメディ番組、スポーツイベント、映画、コンサートなどがコンスタントにVR中継されている。多人数同時接続型オープンワールドのVR空間としては、比較的早い段階で登場したプラットフォームだ。
しかし、VTuberの始祖・Kizuna Ai(キズナアイ)はこの2年前、2016年11月29日に爆誕している。“人工知能”を自称する彼女は、あらゆる意味でバーチャル世界のパイオニアだ。YouTubeチャンネルをはじめとした各SNSの登録者数が合計1000万人を突破し、タレント、アーティストとしても幅広く活躍している。2018年の時点でBBC、Tubefilter、The Vergeなどで特集され、2019年にはニューズウィーク日本版4月30日・5月7日合併号にて「世界が尊敬する日本人100」に選ばれた。
キズナアイがOculus Venuesを最初に利用したのが、2021年1月に行われた「Kizuna AI 2nd Live “hello, world 2020”」のときだ。同イベントは前年の12月29日に開催予定だったが、機材トラブルにより実行できず、延期されていた。その約1か月後に実現されたライブは、YouTube、U-NEXT、bilibili、TikTok、そしてOculus Venuesで配信された。今年3月から5月にかけて行われた「Virtual US Tour」をはさみ、先月9月25日に開催された「Kizuna AI Virtual Fireworks Concert」では、“キズナアイ x Oculus”として、リアルタイム配信はOculus Venuesでのみ行われた。YouTubeでの再配信は10月23日(土)の21時を予定されている。
多様化するxR的アウトプット
2018年の12月、キズナアイの1stワンマンライブは東京・Zepp DiverCity TOKYOで行われた。新型コロナウイルスが蔓延する以前のことなので、当然ながらこのライブは有観客で開催された。有観客から無観客への転換は、昨年から続くエンターテイメント界隈の重要なテーマのひとつである。
物理世界のアーティストの多くが、リアルからバーチャルへのチャンネルを模索する中、VTuberを含むバーチャルワールドの住人は最初から“そこ”にいる。そこにいながら、「リアルな体験」を以前から開発していた。事実、弊サイトでも何度か取り上げているように、パンデミック以前から仮想空間の発展は続いている。とりわけキズナアイに関しては、Oculus Venuesがローンチした直後から今の関係を予見したような言説も存在する。以下は2018年6月21日に、東洋経済オンラインで公開された記事である。
VTuberには、そのコンテンツが広がる空間をYouTubeという2次元だけにとどまらない力を秘めている。たとえば、最近注目を集めている「Oculus Go」などのVRゴーグルを活用することで、VTuberや視聴者が仮想空間に集まって、見るだけにとどまらないリッチなコミュニケーションが取れる可能性が現実のものになりつつある。
オキュラスは、すでに多人数参加型のVRライブ配信サービス「Oculus Venues」をリリースしている。このサービスは、アバター(分身となるキャラクター)に扮したほかのユーザーと同じバーチャル空間で試合中継や音楽ライブなどの視聴を楽しむことができるというものだ。離れた場所にいても同じ場所で、フェイスブックの友だち同士で人気VTuberのライブ番組を参加しながら楽しむ、というスタイルがまもなく当たり前のものになるかもしれない。 – 1億再生も生み出せる新世代YouTuberの正体 (まつもとあつし)
キズナアイの「hello, world 2020」でxRテクノロジーが大きく導入されて以降(上の動画参照)、「にじさんじ」などの大手VTuber事務所も後に続いた。
その後の「KIZUNA AI VIRTUAL US TOUR」でもAR / VRは引き継がれ、それに加えてバーチャル全米ツアーでは“場所性”が強く打ち出されていた。このツアーはロサンゼルス公演、ニューヨーク公演の2つのライブと、エクストラ公演としてDJ Kizuna AIによるオンラインDJイベント「CONTACT YOU presented by DJ Kizuna AI」の開催全4公演によって構成され、それぞれの街がサイバーパンクの意匠をまとって再現されていた。バーチャル空間においても物理世界の場所が持つ記号性(自由の女神やパームツリー)は重要なようで、キズナアイのプロジェクトに限らず、多くのプラットフォームがリアルな場所をバーチャルな世界で再現しようと試みているように感じる。例えばVR Chat上に渋谷のclubasiaを実装した、〈TREKKIE TRAX〉のワールドツアーが好例だ。
そして先の「Kizuna AI Virtual Fireworks Concert」では、三重県熊野市の花火大会と連携し、やはりある種の土着性が表現されていた。さらにこのライブでは、重層的なコミュニケーションも実装されていた。この日のプラットフォームをOculus Venuesに限定したのは、この双方向性の高いやり取りを実現するためだったと思われる。Oculus Venuesは、ユーザーそれぞれがアバターをカスタマイズし、VR空間内で会話できるだけでなく、上半身の動きやジェスチャーを使ったコミュニケーションを取ることができる。キズナアイの歌やマイクパフォーマンスに合わせてファンが一斉に手をあげたり、特定のポーズをとって一緒に踊ったりと、客席を含めたライブの一体感が表現されていた。
今日までに「バーチャル渋谷(原宿)」や「GTA 5」など、同時接続型のオープンワールドは多く誕生しているが、この日のキズナアイのコンサートが最もコミュニケーション面の充実度が高かった。
尤も、Oculus Venuesを起動できるデバイスを持っていることが必須であるが。
VRデバイスの普及率がシーンのカギを握る
言うまでもなく、デバイスの普及は大きなテーマだ。今年7月にLINE株式会社が発表した「LINEリサーチ」によると、「VR」の認知率は全体で90%だが、実際に使用している割合は5%程度だという。認知度の割に圧倒的にパイが少ないのが現状だ。ゆえに、キズナアイのバーチャルライブイベントを100%楽しめている人の数は、彼女のファンの中でも多数派ではないかもしれない。先のリサーチには様々な声が寄せられており、「年代の差と地域格差でそこまで普及していないと思う」や「コロナで家にいることが多い今、1年後コロナが落ち着いたら、人と直接会ってコミュニケーションが取れるようになってほしいと思うから」などの意見が確認される。開発チームは、普及率とのバランスを考えながら世界観を実装しなければならないだろう。
が、その期間はそう長くはないかもしれない。同リサーチの最後には、興味深いデータもある。流行体感としては、現在は全体で“15人に1人くらいが使っている”イメージを持たれている。それが1年後になると、現在よりも利用する人が3倍程度増え、“4人に1人くらいが使っている”というイメージを持たれるようだ。
これが現実化すると、国内のYouTube利用者数のほぼ半数がVRデバイスを持つ計算になる。雑勘定かつ皮算用だが、既に巨額の金が動いているのは事実だ。
【参考記事: エイベックス、GREE、FOXなどの大企業が参画する“バーチャル”】
■ Kizuna AI Fireworks Concert YouTube再配信情報
『Kizuna AI Virtual Fireworks Concert』
出演:キズナアイ
共演:HANABI、DJ TORA
開催日:10月23日(土) 21時 日本時間
場所:YouTube [A.I.Channel] https://goo.gl/uMP1DM
※アーカイブ予定なし