「トラヴィス・スコット × フォートナイト的メタバース」に再現性はあるのか?

VRにおける「メタバース」とはそもそも何か?

アメリカのテックメディア「The Verge」が今年の7月22日、Facebook社のCEO・マーク・ザッカーバーグ氏へインタビューを実施した。その記事の中で、同氏はFacebookが“メタバース・カンパニーになる”と明言している。今やすっかりバズワードと化した「メタバース」だが、今一度この言葉が何を指すのか整理しよう。

XRのテクノロジー以降、メタバースはVR(仮想現実)と共に語られるケースが多い。ソーシャル・ディスタンスが声高に叫ばれるコロナ禍以降は、あらゆる事業においてこのフレーズが飛び交っている。確かにメタバースはVRだが、それはVRに内包されるものであって、メタバースがVRすべての要素を満たすものではない。…というのが今日の理解ではないだろうか。そもそもその概念は、1992年に発表されたニール・スティーヴンスンのSF小説「スノウ・クラッシュ」に端を発する。以下、AmazonのBOOKデータベースよりあらすじを引用。

近未来のアメリカ。連邦府は存在するものの、国家としてのシステムは実質的に崩壊していた。政府の代わりをしているのは、フランチャイズ経営される都市国家。これら都市国家が、パッチワークのように全米に分散し、勢力を争っていた。いまやアメリカが世界に誇れるものは、4つだけ。ソフトウェアの3M―音楽と映画とソフトウェア作り。それに、マフィアが牛耳るピザの高速配達だけだ。もともとフリーランス・ハッカーをしていたヒロ・プロタゴニストは、ピザの配達屋をクビになり、現在はセントラル・インテリジェンス社(CIC)の情報屋をしている。巨大なVRネットである“メタバース”に出入りするうちに、彼は、謎のウイルス“スノウ・クラッシュ”をめぐる事件に巻き込まれていく。

メタバースとはつまり、インターネット上の仮想世界のことだ。Björkは2015年に、Gorillazは2017年にそれぞれVRテクノロジーを自身のパフォーマンスに応用しているが、こちらはアート・インスタレーションにおける技術開発である。筆者が「メタバースがVRすべての要素を満たすものではない」と述べたのは、それゆえだ。

2000年代、「スノウ・クラッシュ」からインスピレーションを受けて作られたメタバースのプラットフォームがある。それが一世を風靡した「セカンドライフ」だ。現在も存在しており、公式サイトでは、「音楽クラブ、ロールプレイコミュニティ、バーチャルシネマ他、様々なバーチャル体験とコミュニティに溢れ、出会う人、探検する場所がなくなってしまうことは決してありません。セカンドライフはいつも素晴らしく、時折風変わりで、100%価値のある仮想世界をお届けします」と紹介されている。MMORPGとは異なり、ユーザーは何かストーリーがあって行動するのではなく、“生活する”ためにログインするのである。最も勢いのあった2000年代中ごろは、セカンドライフの中の土地が1億円規模で取引されるケースもあった。イギリスのDJ/プロデューサー・Luke Slaterも、過去にこの電脳空間でライブパフォーマンスを行っている。IBMなどの大企業も、セカンドライフのプラットフォームを積極的に利用していた。

2007年当時の様子について、セカンドライフ運営会社「リンデン・ラボ」のマーケティングディレクターでPR担当のキャサリン・スミス氏はこう語っている。

参加している企業はまったく新しい双方向のしくみで顧客と結びつくことができる方法を模索しているところですが、みんなそこに明るい未来を見ています。1990年代の中ごろ、ウェブを使ったプロモーションにどんなものがあるか、企業は模索していました。例えば、それまでパッケージでしか手にできなかったスクリーンセーバーをダウンロードによって提供しようと思いついた時に、こんなことができるんだとわくわくしたものです。あの当時のワクワク感と同じものを私自身も強く感じています。 – ASCII.jp 「社内にはビリヤード場、『週に1度はセカンドライフ』が社則」より

2020年代、コロナ禍におけるメタバース

そして2021年現在、最も切実な形でメタバースに結実したのがエンターテイメント業界だろう。2020年4月、ラッパーのトラヴィス・スコットがクロスプラットフォーム対応のオンラインゲーム「Fortnite」に出演して以降、仮想空間におけるライブパフォーマンスは急ピッチで開発されている。以下、ユーザー視点のライブの模様。

ワクチン接種の進捗状況や変異株の発生など、国によってばらつきはあるものの、依然としてライブエンターテイメントは危機的な状況にある。今年のフジロック開催に対する各所からの反応を見ても、必ずしも歓迎されているわけではないだろう。感染症対策の見地から考えても、物理的な距離が無関係なメタバースはシーンにおける光明である。さらに、この日のトラヴィスの総売り上げ(マーチャンダイズ含む)は、米フォーブス誌によると約21億円だという。わずか9分間のバーチャル・ライヴの間に、ほぼ20公演分を売り上げた計算になる。

パンデミックによって開発が進んでいる事実はあるが、今日ではメタバースのような“場所”が一過性のものではないと考えられている。つまりは、仮想空間がサードプレイスになりうる可能性を秘めているということだ。とりわけ、MMORPGやオープンワールドのゲームに触れてきた世代においては。アメリカのゲームジャーナリストであるCecilia D’Anastasioは、テックカルチャー・メディア「WIRED」の記事でこう語る。

ミレニアル世代の人間にとって、「Apex Legends」のヴォイスチャットや、チャットアプリ「Discord」でのたわいないおしゃべりは、ごく自然に感じられる。こうした人々にとって電話は計画して意図的にかけるもので、不自然で気重だ。一方、ゲーム中のヴォイスチャットは、コーヒーショップで友人にばったり会うのと同じくらいカジュアルで魅力的なのである。

Apex Legendsや「オーバーウォッチ」「コール オブ デューティ モダン・ウォーフェア」などサードプレイスの雰囲気をもつゲームは、単にシューティング機能を寄せ集めたゲームではない。テキストメッセージや位置追跡アプリが登場する前の地元の社交場のように、友人同士が確実にお互いを見つけることができる場所になっているのだ。 – 「『フォートナイト』のようなオンラインゲームは、現代の“サードプレイス”になる」より

しかし、トラヴィス・スコットと同じパフォーマンスを他のアーティストが再現できるのかはまた別の話だ。このサイトでもいくつか例を挙げているように、「Tobacco Dock」やGTAの「Music Locker」など、Fortniteを運営する「Epic Games」以外にもメタバースの開発に乗り出す企業や組織はある。けれども、9分で21億円稼げたアーティストはトラヴィス以外に現れていない。潤沢な開発コストをかけられる企業が勝つという、結局はマネーゲームに終始してしまう懸念はあるだろう。が、ドイツ政府がBerghain(ベルグハイン)を文化施設に認定した事実を考えると、アンダーグラウンドなカルチャーも人間の営みに不可欠だと言える。すなわち喫緊の課題として、メタバースはいかにしてマネーゲームから逃れるか?が挙げられよう。

“オルタナティブ”なメタヴァースは実装可能か?

実はパンデミック以前から、課題解決の萌芽は見られた。2018年、2019年にイギリスのインターネットレーベル〈PC Music〉のアーティストが中心となり、マインクラフト上でフェスが開催されている。トラヴィス・スコットのライブの翌日にも、100 gecsとCharli XCXがヘッドライナーを務めた「Square Garden」が行われた。

動画再生数17,872(2021年8月20日現在)ほどの規模でも、総額約550万円以上を売り上げている。日本国内にも同様の事例は存在し、ダンスミュージックレーベル〈TREKKIE TRAX〉のVRワールドアツアーは、今年の7月にソーシャルプラットフォーム「VRChat」で行われた。

こちらのバーチャルライブでは投げ銭システムが採用され、収益に重要な役割を果たしていた。今年10周年を迎えたTwitchのマネーシステムが好例だが、投げ銭の集金力はインディペントなアーティストほど注目すべきだ。演者は実際にそこにいて、お金を渡すと何らかの反応が返ってくる。そして、すべてはリアルタイムで起きる。生配信を基本方針とするVTuberを例に出せば、2020年に最もYouTube上のスーパーチャットで収益を得たのは、ホロライブの桐生ココ(現在は卒業)だ。その額、1億5,022万2,620円。

なお、TREKKIE TRAXのVRワールドアツアーで得た収益は、コロナ禍に休業が続く渋谷のclubasiaに寄付された。