ポケモン GO(ナイアンティック)が実装する「より良い現実」

いまだ最高峰の売り上げを誇るスマホゲーム

2021年7月で5周年を迎えたARゲーム「ポケモン GO」。一時は社会現象にまで発展した同ゲームだが、最近ではやや落ち着いている。とは言え、いまだにアプリの月間セールスランキングでは常に上位をキープしており、「Game-i」の分析によると今年8月の30億円に迫る売り上げを予測している。毎年恒例のフェスイベント「Pokémon GO Fest」は、今年も好調だった。最近ではザシアンやザマゼンタなど、これまで登場しなかったポケモンも出現し、話題性のあるイベントやアイテムを定期的に実装している。

ARテクノロジーを一気にメインストリームへ押し上げたのは、間違いなくこのゲームだろう。猫も杓子も「ポケモン GO」に熱中していた2016年7月、乱痴気騒ぎに辟易していた英紙「ガーディアン」ですら、本作に対し「素晴らしい体験」であると評価している。5つ星中2つ星の、やや辛口な評価であるが、フリーランスライターのKat Brewsterは当時こう述べた。

はっきり言って、『Pokémon Go』はゲームとしては褒められたものではありません。予告編通りには動作しないし、チュートリアルも不親切。ポケモン交換(現在は実装)やグループバトル、あるいはもっと面白い戦闘システムを提供しない限り、発展は難しいでしょう。(中略)けれども、『Pokémon Go』は単なるモバイルゲームでも、ポケモンゲームでもない、全く別のものであり、広くアクセス可能な拡張現実(AR)の未来を垣間見ることができます。我々は何か広大なものの入り口にいるのです

実際その通りだったように感じる。ナイアンティックは他にもARゲーム(『イングレス』や『ハリー・ポッター:魔法同盟』)を作っているが、いずれも本作ほどのセンセーションは引き起こせていないだろう。

同社が標榜する「メタバース」は、VR(仮想現実)のそれとは異なる。これまでgrackが取り上げてきた「フォートナイト」「VRChat」のように別の三次元空間を提供するものとは違い、ナイアンティックのメタバースは、現実世界に重なって存在し、そこでしか体験できないデジタルなアトラクションを特定の場所に加えるものだ。WIREDが同社のCEOを務めるジョン・ハンケに実施したインタビューでは、「2006年に出版されたヴァーナー・ヴィンジのSF小説『レインボーズ・エンド』が指針になっている」と語られている。この作品の舞台は、ネットワークとウェアラブル・コンピューティングが築き上げる近未来社会だ。コンタクトレンズやスマート衣服を装着するとARにアクセスでき、様々な地理的条件と整合性をとってゆく。スマートグラスやミラーワールドが、このとき既に具体的に想像されていた。

ハンケが提案する「より良い現実」

革新的なコンテンツを生み出したナイアンティックだが、その現状には満足していないようである。コロナ禍以降、「メタバース」は様々な界隈で叫ばれるようになったが、そこから生み出される作品やプラットフォームが社会を良い方向に導けるのかは甚だ疑問だ。少なくとも、ハンケはそう考えている。とりわけ彼は、人と人、あるいはコミュニティとコミュニティを分断してしまうようなテクノロジーには警鐘を鳴らす。8月10日、ナイアンティックの公式ブログに投稿された文章の中で、彼はこう述べている。

最近、テクノロジーやゲーム業界の著名な方々をはじめ、多くの方々が近未来の仮想世界のビジョンを実現することに興味を持っているように見受けられます、けれども、『スノウ・クラッシュ』やウィリアム・ギブスンの著作では、それらのテクノロジーが間違った方向に進んだディストピア的な未来への警告として描写されています。社会として、SF ヒーローが仮想の世界に逃避するような世界にならないことを願うことも、そうならないように努力することもできます。Niantic は後者を選びます。(中略)テクノロジーは、人間の基本的な経験をより良くするために使われるべきであり、それらに取って代わるものではありません

「現実世界が前提にある」という点をナイアンティックは譲る気はないようだ。このブログの中で、現在同社はウェアラブル端末の開発、より正確な位置情報の利用に尽力していると明言している。その上で、志を同じくするパートナーも募集しているようだ。なお、ナイアンティックは以前よりARテクノロジーに関する技術・知識を他者にシェアしてきた。

現実世界のメタバースへの移行は、パーソナル・コンピューティング、インターネット、モバイルなどのこれまでの開発と同様に、コンピューティング分野の大きな変革を意味します。このメタシフトの実現を支援することがナイアンティックの目的ですが、私たちだけでできることではありません。これほど大規模な進化を実現するには、世界各地の大企業やスタートアップ、そして個人の力が必要です。この大規模な変革を前進させるために、ナイアンティックとしてできると考えているレバレッジポイントは、私たちが提供するゲームやアプリケーション、Lightship プラットフォーム、地図、そして共通の目標に向けて多くの方々の専門知識や投資を活用するハードウェア・リファレンス・デザインのような業界全体のイニシアチブではないかと思っています。

余談だが、先述したSF小説『レインボーズ・エンド』の舞台は2025年である。