「NPCが自分よりもいい生活をしてるなんて、以前は考えられなかったよな」
これは、ベルリンのDJユニット・Keinemusik (Adam Port, &ME, Rampa)が人気ゲーム「GTA Online」の中で実装されたナイトクラブ「Music Locker」でプレイした際、YouTubeにアップされた動画へのコメントだ。2021年5月31日現在、このテキストはコメント欄の一番上にある。つまり、現時点で最も共感度および評価の高いテキストということだ。
Music LockerはGTA Onlineに登場する架空の都市・Los Santosにある架空のクラブだが、開発元のRockstar Gamesの公式サイトにはまるで本当に存在するかのような説明文が掲載されている。
ダイヤモンドリゾートに組まれていた工事用の足場に気づいていた方もいらっしゃるでしょう。耳をすませば、小さく鳴り続ける「ドッ、ドッ、ドッ、ドッ」というくぐもったバスドラムの音も聞こえるかもしれません。そう、ついにこれまでに類を見ない最高のクラブがロスサントスにオープンします。
レジデントDJはKeinemusikのほか、MoodymannにPalms Traxと、気合の入ったラインナップだ。ゲームのプレイヤーは自身が操作するアバターを介して、彼らのDJを堪能できる。
国内にもそういったノウハウを用いたクラブイベントがいくつか存在するが、特筆すべきはVRDJの0b4k3(オバケ)氏が主催する「GHOSTCLUB」だ。VRDJとはVTuberの要領でDJをするアーティストのことで、VRChat上で開催される。ユーザーはアバターを介し、バーチャルベニューへと向かう。
ポップカルチャーメディア「KAI-YOU」が実施したインタビューによると、0b4k3氏は「BerghainやTresorやPrintworksのような見た目が好きなクラブを参考にしたり、私が好きな『攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL』や『ブレードランナー』を参考にして制作をしている」という。意匠の半分はフィクションの世界から引っ張ってきているわけだ。
話は変わって、家具小売のWayfairがオンライン上のインテリアカタログをどのように制作しているかご存知だろうか?同社は、何百万ある製品のうちすべての写真を撮影しているわけではない。実は3Dのコンピューターモデリングによって複製された物もあるのだ。しかしよほど時間をかけて精査しないと、ユーザーは判別できないだろう。具体的なリファレンスがあるにせよ、これも広義の“フィクション”である。
つまり我々は現時点で既に、なかば仮想現実を生きているのだ。今この瞬間に、虚構か現実か?という二項対立で語れなくなっている。これまでに数多くのSF作品がこの手のテーマを提示してきたが、筆者が思い浮かべるのは『サロゲート』という映画である。
ブルース・ウィリス主演のSFサスペンス。遠隔操作可能なロボット・サロゲートが人間の役割を代行する未来。人は自宅から1歩も出ることなく、自分の理想の姿をしたサロゲートの行動をバーチャルで体験していた。だがある日、安全だと思われていたバーチャル世界で何者かにサロゲートが破壊され、そこに接続していた人間までもが死亡してしまう。- 映画.comより
映画サイト「IMDb」では6.9点と並の評価だが、扱われているテーマは本稿で述べてきたテーマと一致する。ブルース・ウィリスが主演するだけあってアメリカ映画らしい結末を迎えるが、果たして本作と同じ選択を人類は採れるだろうか? NPCと肩を並べて生活ができる程度には、人類も発展したいところである。