ポケモンスナップシリーズにおける「写真」の進化

本質的にはポリゴンをプログラミングしているだけ

抽象表現主義(ニューヨーク派)の代表的な画家であるジャクソン・ポロックは、人が絵を描く際に「あることを忘れている」と語った。例えばある人がリンゴの絵を描いたとして、それが“リンゴ”だとイメージで伝えることは容易だろう。しかし、そこに描かれている“リンゴ”の本質は、絵具(あるいは黒鉛)が付着した状態に過ぎないのだ、と。しかしどういうわけか、我々はその出来不出来を評価することができるし、感動すら覚える場合もある。

これを発展的に考えることで、ゲームの世界に応用できよう。ゲームにおける生物のアートワークはおしなべて、ポリゴンをプログラミングし、あたかも生命体のように見せているに過ぎない。ましてやゲーム内で写真を撮る行為は、それを記録している以上の意味はない。しかし、やはりどういうわけか、そのポリゴンの刹那を激写することに得も言われぬ感動を覚えることがある。任天堂が展開する「ポケモンスナップシリーズ」が好例だろう。1999年に発売されたニンテンドウ64ソフト『ポケモンスナップ』に続き、今年の4月にはNintendo Switchソフト『New ポケモンスナップ』がリリースされた。22年の時を隔てながらも、“ポケモンを撮影する”メインテーマは一貫している。様々なギミックを駆使しながら、“ポケモンがどのように写っているか”を数多の情報をもとにコンピューターが評価する。その評価を数値化し、プレイヤーはハイスコアを目指すのだ。

VRについて「現実をシミュレーションすること」と捉えるなら、ポケモンスナップシリーズは界隈の大きなヒントになり得るのではなかろうか。神宮前交差点エリアをオンライン空間に模した「バーチャル原宿」、VRChat上の仮想ナイトクラブなどを考えると、いわゆる「仮想空間」もシミュレーションの域を出ていないように感じられるからだ。その上で、「ポケモンスナップ」シリーズにおける写真の変遷を改めて追っていきたい。

初代ポケモンスナップ(1999年)では、写真撮影は“リッチな”体験だった。

世界初の携帯電話IP接続サービス「iモード」が誕生したのが、1999年の1月である。携帯電話とそのコンテンツ、さらにはそこに関わる広告ビジネスが、新しい企業の苗床となった。当時圧倒的強者であったNTTドコモは、「iモードメール」を生み、ポケベルから続く文字ベースのコミュニケーションを飛躍的に進化させた。初代ポケモンスナップが発売されたのが3月だから、iモード誕生のほうがわずかに早い。しかし、カメラ付き携帯電話が日本の市場に初めて出回るのは同年の9月である。しかも11万画素の、iPhone 12(1200万画素)とは比較にならないほど粗いカメラ機能であった。処理速度も遅く、当時の携帯カメラは現在の我々がイメージするそれとは大きく異なるものである。したがって、動的な写真を撮るためにはそれ相応のグレードに整えなければならなかったのだ。初代ポケモンスナップでは、“写真を撮影すること”そのものがエンターテイメントだったのである。

著名ゲーム実況者・もこう氏によるプレイ動画

本作の売り上げデータを見ても、センセーショナルなインパクトを残していたこと分かる。総売り上げ50万本は、歴代64ソフトにおいて19位だ。『マリオゴルフ64』や『ペーパーマリオ』よりも買われている。そして特筆すべき要素は、ゲーム内で撮った写真をローソンやポケモンセンターでシールプリントできたことだ。筆者のようなポケモンスナップ直撃世代の人は、学校や習い事の教室などで友達とシールの交換に勤しんだ経験があるかもしれない。SNS以降のコンシューマーゲームにおける重要な要素、“シェア”の文脈はこのとき既にあった。そしてもちろん、それは『New ポケモンスナップ』にも引き継がれている。

22年越しの時を経て、『New ポケモンスナップ』が実現したもの

ここまで述べてきたことを逆説的に考えると、今日までの携帯カメラの発達が『New ポケモンスナップ』の開発に影響していたと予想できる。実際、ファミ通がポケモンの石原恒和社長と、開発を担当したバンダイナムコスタジオの須崎春樹氏に実施したインタビューでは、以下のように語られている。

ニンテンドーゲームキューブやWiiといった新たなハードが開発されるたびに続編を作ろうという話自体は出ていたのですが、まさに前述の通り、写真を撮ること自体が日常化し、特別な行為ではなくなってきた時代に、“写真を撮ることを目的としたゲーム”が成立するのかというところで議論があり、なかなか開発に踏み切れませんでした。それでも試行錯誤を長年ずっと続けてきた結果、今回、Nintendo Switchでようやく納得のいく形が見えてきたので、開発を進めることになったわけです。 – 石原恒和(参照: 石原社長&須崎Dに聞く『New ポケモンスナップ』開発秘話。写真を撮ることがより手軽になった2021年、ゲームデザインは前作からどう進化したのか?

なお、Switchとの相性の良さは方々で指摘されており、NPRのゲームコラムニスト・Kaity Klineは本作のレビュー記事で、「Switchのサイズ感がちょうど良く、手に馴染みやすい。モーションコントロール機能により、本物のカメラのような感覚で操作できるので、Switchはポケモンスナップの続編に理想的なハードである」と述べている。

いかにして『New ポケモンスナップ』は時代の障壁を乗り越えていったのか? 論点は様々あるが、VR的観点から言えば、最も大きな変化は“シェア”の多様化だろう。先に述べたように、SNSの発展もこの22年でコンシューマーゲームに大きく影響してきた。MMORPGの歴史を見ても、“コミュニケーションをどのように誘発させるか?”は重要なテーマのひとつであり、昨今の「仮想現実」を語る上でも不可避の課題である。

いまは撮影した写真を後で加工することが珍しくないですから、それに合わせて本作ではステージ終了後に撮影した写真の加工や位置の調整ができるようにしています。ほかにも、撮影した写真はSNSで共有されることをあらかじめ想定していまして。エクストラ撮影で満足のいく写真を撮影した後は、フレームやフィルタを変えたりスタンプを押したりして、さらにプレイヤーがオリジナリティーを追加できます。SNS自体は外部のサービスを各々利用していただければと思いますが、SNSを利用していないという方向けに、ゲーム内でほかのプレイヤーの写真を楽しめるサービスも用意しています。 – 須崎春樹(参照: 石原社長&須崎Dに聞く『New ポケモンスナップ』開発秘話。写真を撮ることがより手軽になった2021年、ゲームデザインは前作からどう進化したのか?

具体的にはシールの交換だけであった初代ポケモンスナップから、コミュニケーションのあり方が大きく分けて3つに広がった。ひとつはSNS。Twitterでは「#Newポケモンスナップみんなの一枚」というタグを利用した、オフィシャルのコンクールが6月末に開催された。これに乗じて、ユーザー主催の博覧会も間欠的に起きている。

そしてふたつめは、SNSとは切り離されたオンラインランキング。「Nintendo Switch Online」加入者のみが利用できるプラットフォームがあり、ユーザーは自分の作品を他者に評価してもらう機会を得る。投稿した写真は、他のプレイヤーに閲覧されるたびに「りんごメダル」が増えていく。また、「りんごメダル」ボタンを押すことで他のプレイヤーの写真に送ることもできる。

そして最後は、“シール”である。ポケモン社は初代で実装したシールプリントを『New ポケモンスナップ』にも継承していた。インターネットを介したコミュニケーション以外にも、フィジカルな方法論を担保していたのである。このサービスがどれだけ利用されたのかはさておき、初代のメンタリティを是が非でも引き継ぎたかった気概が感じられる。

記事の終わりにプレイヤーとしての個人的な感想を述べると、ノスタルジーと革新の両方があったように思う。1999年の「ポケモンスナップ」にあった写真への執着を思い出し、今作ではそれを評価・共有することの喜びを知った。Twitterやオンラインランキングにアップロードされる作品を眺めているだけで、誰かと会話したような気分になる。冒頭で述べたことを繰り返すなら、それが本質的には“ポリゴンをプログラミングしたもの”だとしても。まさしく架空で、本来は意味のない情報のやり取りに、我々は得も言われぬ多幸感を見出すのだった。未プレイのあなたも、ぜひこの仮想現実に浸ってほしい。